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11.彼らの空白期 P.64~71 [天国の郵便配達人]

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ハナは出せる力の限りペダルを踏んでようやく中腹まできていた。
結局彼女は自転車を降りてただ引っ張って登った。
ヒョンスが死んでから20日経った時で、その間一日一食もまともに食べられなかった。
普段なら悠々登れる道にも手こずる自分が気に入らなくてぶつぶつ言いながらも
結局その怒りの矛先はヒョンスに向かってだった。
悪い奴…結婚までしててたのに…。

公園の入り口にきたが、人はそう多くなかった。まだ1カ月にもならない時間が
過ぎ去っただけなのにどういうわけかすごくよそよそしく感じて
ぼうっと立っていた入口の中ごろにすっと顔を出したヤマハマナスの枝を見つめていた。
「何してんの?」
誰かが軽く肩に触れながら声をかけてきた。振り返ってみるとドンギュだった。
「あぁあなたも今来たの?」
「まさか。もう太陽が昇りきったのに。朝から場所取りしてたさ。
これを買いに行ってきたんだ。一口飲む?」
ドンギュの手には缶コーヒーがあった。ハナはそれを受け取り一口飲んだ後、
返しながら(なんだか静かだわ)と思った。
「生活は順調?」
「まぁ、そうだな。不景気のせいか肖像画を書いてほしいって人が少ないけど。
それはそうとお前は何してたんだかちっとも顔を出さなかったな?」
「ちょっと色々あって…」
「食べては生きていけるみたいだな?」
「そうだとしたらアレを持って現れたと思う?」
自転車の後部にロープで固く縛りつけたイーゼル(キャンバスを載せる台)を顎で指して言うと
ドンギュは合点がいったとばかりに首を縦に振った。
イーゼルを置く場所がないかもしれないという心配とは裏腹に、彼女の場所は空いていた。
良い場所とは言えなかったが花壇の内側に丸く凹んだ空間があって座るのに楽な席だった。
画材を整える間ドンギュは自分の場所に帰ろうとはせず横に座ってハナの顔を黙って
見つめながら、何を考えてるのか…ニヤッとした笑いまで浮かべていた。
「何?」
ハナが聞いた。
「みんなおじさん達じゃないか。だからおまえが来て嬉しくて」
「まったく…相変わらずね、あんたは」
「最近食べていくのにも辛いんだ…うちに来て一緒に暮らそう」
「もう…ずいぶん図々しいのね。口を閉じてあっちに行って」
ハナはドンギュの額をつついた後、再び席に座った。
久しぶりにこうしているせいか、ここ数日間に起きたことがまるでずいぶん前の
事のように遠く感じた。
食べていくのも辛いのに。裏切り者の死なんかに未練を残して、どこで見たかも聞いたかも
わからない天国の郵便配達人なんてものを信じて。
正気を取り戻すにはまだほど遠かった。チョ・ハナ、あんたほんとに問題よ、問題

ハナは自身の頬を軽くトントンと叩いてすがすがしく伸びをした。大きな木が多い公園は
いつかの雨が降る前日の漢江(ハンガン)のように色あせた色だった。
数時間か座っていて公園の外に出ると、のどかに広がる空に驚く時もあった。
だけどハナが暗い光を帯びた公園が好きなのは、明るいところには見つけることのできない
秘密のようなものがすみずみ隠されているような感じがするからだった。
「久しぶりだなぁ」
太い低音の声が聞こえた。目を開けたハナの前にはソン詩人がいた。

彼はチェック模様の洋服だけが一張羅の紳士だったが、ベレー帽だけは気分によって
色々と変えて被っていた。ベレー帽のせいか画家というよりは詩人のような
雰囲気を漂わせていて、公園にいる肖像画描き達は彼をソン詩人と読んでいた。
「えぇ、お元気でしたか?」
「また来ることになったんだね?」
「はい、そうしようかと。でもほんとに人が少ないですね」
「最近ずっとそうさ。だけど代わりに静かじゃないか」
「お金、たくさん稼がないと。お嬢さん受験せいなんでしょう?」
ソン詩人は苦々しく笑った。
「故郷にお父さんいるんだろう?」
「はい」
「農業なさってるのかい?」
「いいえ、地方公務員です」
ソン詩人は首を縦に振り何かを考え込んでいた。そして言いずらそうに口を開いた。
「他の人みたいにしてくれることがないとご両親を恨めしく思ったことはないかい?」
ハナは一瞬ソン詩人が見せた憂いの理由がわかる気がした。公園でしか会わないため
彼もやはり誰かのお父さんであるということを特に意識して考えたことがなかった。
しかし彼もまた他のお父さんと同じように家長としての責任感を背負っていたのだ。
肖像画を描く仕事だけでは彼の生活は余裕がなかった。明るい顔の裏に隠していた
彼の苦悩がちらっとではあるが現れてしまったのはある意味
限界に近づいているということだ。具体的にはわからないがそんな気がした。
「私も良い娘じゃないから」
「そんなはずはないよ。こうして健康でいることだけでも良い娘さ」
「そうですかね?」
「そうさ」
ハナの頭を一度撫でてた後、ソン詩人は立ちあがった。自分の場所に戻っていく
ソン詩人の背中は歳に合わず曲がっていた。
「おじさん!」
ハナが呼んだ。振り返った彼の顔はとてもやつれていた。
彼の姿を見ると咄嗟の慰めをするのもぎこちなかった。
「今日のベレー帽、ほんとにかっこいいですね!」
ソン詩人の顔にかすかな笑みが広がった。ありがとう、と素っ気ないように言うと
ソン詩人は再び背を向けた。

それ以降も顔見知りの人達が来ては久しぶりだと挨拶をしていったが、肝心な
肖像画を書いてもらおうとするお客さんは来なかった。ハナは画材をまとめて自転車に
乗せた。十字路でフリマの新聞を一部もらってその横にあるスーパーマーケットで
牛乳を買ってかごの片方に入れた。
家がある狭い小路に入ってきたころにはすでに陽は沈み空が暗かった。

来る・・・・・来ない・・・・・。
ジェジュンは熱い日差しをさんさんと浴びながら郵便ポストのそばに
横になって呟いた。この3日間の間、ハナはポストには来なかった。その3日間の間
ジェジュンは自分の声だけを聞きながら時間を過ごした。
来る、来ない。
再び呟いて止めると、ジェジュンはさっと起き上がった。足音が聞こえたからだ。
「あ…」
少し下がった所から登ってくる人は運転手だった。ジェジュンは失望した表情を露わに
木のある方へ歩いて行った。
「職務放棄です」
いつの間にか背後まで来ていた運転手が言った。
「え?」
「職務放棄」
さっと振り返りジェジュンはつかつかと運転手の前の前まで歩いて行った。
「郵便物を配達しようとこうしているんだ。ここの郵便ポストにあるものを
天国に送って天国から送られた郵便物はその人達の気まで行って渡そうと。
一日に何人の人がその忌々しい手紙を、この忌々しい手紙をポストに入れるのか
わかってるのか?」
速射砲のように言葉を吐き出しながらはぁはぁ言うジェジュンを運転手は
鋭い無表情な顔で黙って見下ろしていた。
「配達だけするのは職務放棄です。それだけでは何も変えられません」
「ならあんたがやれよ!俺に何の能力があって誰かを変えようっていうんだ?
そんなの神様だってできないことを」
空を指しながらジェジュンは叫んだ。自身の意志とは関係なく野原に
縛りつけられた今の状況で、怒りがこみ上げるのを堪えることができなかったのだ。
彼は神経質に髪を撫で上げ背を向けた。
背中に刺さる彼の視線がチクっと痛いほどだったが、今は見ることさえも不快だった。
「雇用契約書を書く時すでに合意した内容です」
「俺が望んで書いたわけじゃないじゃないか」
「とにかくあなたは契約をして、それを実行する責任があります」
「畜生!」
「意地を張り続けるならあなたを解雇するしか…」
「解雇しろよ!」
「本当にそうしてほしいですか?」
「あぁ!」
ジェジュンは先のことなど考えるのも嫌だった。だからカッとなって言い放ったが
運転手が何の返答もしないので、結局は後ろを振り返った。
運転手は木や葉のような植物みたいにわからない顔でジェジュンを見つめていた。
「好きなようにしろよ」
「そうしたらあなたはどうするんですか?」
「どうするって?」
「お望み通りにさなってください。そんなに嫌なら…」
どうでもいいとでも言うように彼が背を向けて野原の下の方へ歩いて行くなり、
ジェジュンがとっさに言った。
「それで?どうしろっていうんだ?」
そこに立ったまま上を見上げた運転手は、「答えは手紙の中にあります」と言った後
再び歩き始めた。
「手紙の中だって?…わかりやすく言えよ」
ジェジュンは彼が聞こえるように大きな声で言ったが彼の姿はすでに消えていた。


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